Panasonic が社員データを分析して分かった、入社 1 年後のモチベーションを左右する候補者体験
インタビュイー
パナソニック株式会社 オペレーショナルエクセレンス社 リクルート&キャリアクリエイトセンター
● 坂本 崇 様: 企画部 戦略企画課 課長
● 宮谷 将太 様: 企画部 戦略企画課
● 石黒 正大 様: 採用部 採用課
※所属部署は取材当時のものになります
パナリットと協業前の状況
(敬称略)
ーーリクルート&キャリアクリエイトセンター(以下RCC)の役割やミッションについて教えてください
宮谷: RCC はパナソニックグループ内の各事業会社に対して、採用やセカンドキャリア支援のシェアードサービスを提供しています。サービスのひとつとして、採用時から入社後のキャリアまでを一気通貫し、従業員体験 (EX) の向上を目指して、様々な施策を提案・実行支援しています。
坂本: 2020 年度にピープルアナリティクス・ラボを立ち上げ、人・組織のパフォーマンスをデータで定量的に可視化することで、人事が経営に対してダイレクトに貢献できる体制を作ろうとしています。パナソニックは従来ものづくりで産業を牽引してきた自負がありますが、その裏では目に見えない人づくりがありました。従来の人づくりはKKD(勘・経験・度胸)に基づくアプローチが中心でしたが、人材獲得・育成の難易度が高まっている昨今では、より再現性高く人づくりを行わなければなりません。そのためにはKKD 依存や属人的な方法論から脱却し、データを活用して意思決定の再現性を高めることが重要だと考えています。
ーーそのミッションの実現に向けて、当初はどのような状況でしたか?
宮谷: RCC では従業員体験 (EX) 向上を目指す上でフローを5 つに分けています。本来はすべてのフローを通貫してデータによる現状把握・課題抽出・効果検証を行いたかったのですが、なかなか良い取り組みのきっかけを見つけられず、非常にもどかしい思いでした。
石黒: 採用に関する諸施策の立案は担当者の経験が頼りで、より効率的かつ合理的に進めていく必要性を感じていました。課題感はありましたが、具体的にどこにどんな課題があって、どのように解決すれば良いかがわからない状況でした。
ーー当初の理想通りの成果に至らなかった理由を、どのようにお考えでしょうか?
宮谷: 「〇〇のデータがあるから分析してみて」という依頼が多く、検証すべき課題や仮説が明確でなく、目的的なデータ分析ができていませんでした。
坂本: なまじデータがたくさん存在しているだけに、まずはそれらのデータから何が言えるかを考えていましたが、このような取り組み方では成果に繋がりませんでした。振り返ると、パナソニックの内部だけで推進するのは限界だったのだと思います。
パナリットとの協業による成果
ーー協業パートナーとして、2021 年度からパナリットを選択した理由は何でしょうか?
坂本: 人事データ分析をサポートするベンダーは他にも存在しますが、パナリットが目指している「人財の財務諸表」が最も響きました。私は、経理と人事は経営に対して対等に貢献するべきと考えていますが、そのためには人事も数字を用いて議論・意思決定を行う必要があります。数字を用いた経営貢献が実現できなかったからこそ、経営ガバナンスの中でも人事領域だけが欠落していました。同じ課題感を持ち、実践しているパナリットは当社における人づくりの理念を再興し、それを脱・属人的に推進するベストパートナーだと思っています。
宮谷: 私は、「人事データ」分析の領域で経験を積んだメンバーが複数いたことを挙げます。私自身がデータサイエンスのバックグラウンドを持ちながらも、人事データ活用の推進には大きな壁を感じていたため、良いパートナーだと直観的に感じました。グループの体制変更に伴い、RCC はこれまでのコストセンターから、各事業会社に対して主体的に価値提供ができるようなプロフィットセンターへの転換を迫られています。その最中、実際に現場目線で役に立つ人事データ活用に関する知見・経験はとても頼もしいと感じています。
ーーパナリットと協業(以下 Pana Project)して半年間たちましたが、どのようにして進めたのでしょうか?
宮谷: 以下の4 ステップで進めました。① RCC の担当領域である5 フローの中で特に解決すべきフローや課題の当たりづけを行い、 ② 手持ちのデータや情報から仮説を立て、 ③ その仮説検証に必要なデータを収集・分析し、④ 分析結果から得られた示唆をもとに現場への提案を行いました。このサイクルを半年で回すことができましたし、提案内容は現場に採択されました。パナリットではこのアプローチを「Small start, quick win(小さく始め、素早く成果を積み重ねる)」と呼んでいるそうですが、まさに体現した形になります。
ーー① 課題の当たりづけは、具体的にどのように行いましたか?
宮谷: 「リクルーターの関与度合いが、採用の成果(アウトカム)に与える影響」に当たりをつけました。他のフローでも面接プロセス、研修コンテンツ、配属後のフォロー体制などに課題はありましたが、RCC として打ち手の実行が容易なプロセスに当たりをつけました。一方、リクルーターの選出プロセスやリクルーターの学生に対する関わり方のガイドは長年属人的・感覚的に運用されていたため、良い体験を生み出したリクルーターについて成功要因や課題を客観的に評価できれば、EX 向上に対してインパクトを出せるはずと考えました。
ーー② 手持ちのデータや情報からは、どのような仮説が導かれましたか?
宮谷: 月次のパルスサーベイを既に運用していたため、数問の設問を追加することで、以下のような示唆が得られました。
上記の結果と考察から「入社の意思決定や入社後のモチベーションに対して、リクルーターの関与は無視できない」と分かりました。そこで、リクルーターへのヒアリングを行い、仮説を磨きこむことにしました。その結果、リクルーター接点の体験におけるバラつきを生み出している要因の多くは、リクルーターの選出プロセスやチーム体制にあることが見えてきました。
ーー③ 上記の仮説を、どのようにデータで検証しましたか?
宮谷: Pana project 開始前、採用活動に関するデータ項目数は3,000 以上存在していましたが、課題の当たりづけや仮説の磨きこみを通じて、必要な15 項目を抽出できました。15 項目に対して「採用アウトカム分析」という手法を用いることで、上記の仮説の大半を検証しました。特に、新型コロナウイルスによる採用活動のオンライン化が与えた影響が顕著に表れた点は興味深かったです。
ーー逆に反証された仮説はあったのでしょうか?
宮谷: 「リクルーター1 人あたりの担当学生数」は、ヒアリング結果から想定していたほどの顕著な影響はありませんでした。本業の状況によって変化する学生のサポートに使えた時間などの交絡要因が隠れていたのだと捉えています。
ーー④ 上記で検証された結果から、どのような提案を現場に行いましたか?
宮谷: 大きくは2 つの提案を行いました。1 つ目は上記の仮説検証結果をもとに複数のKPI を定義し、進捗状況を可視化してチーム全体で共有できる「ダッシュボード」の雛形を作成しました。
ーー現場側からみて、この提案内容はどのように感じましたか?
石黒: 率直に「ダッシュボード」を使ってみたいと思いました。従来はリクルーターの活動が採用広報活動の進捗に紐づいておらず、月に1-2 回行うリクルーターへのヒアリング内容を鵜呑みにせざるを得ない状況だったので、課題を見つけることができませんでした。このダッシュボードがあれば、データという事実に基づき、同じ目線でリアルタイムな状況について会話することができます。例えば、インターンシップで接点を持った学生に対するフォロー状況を確認したり、追加施策によってどれだけ母集団を増やす必要があるのかを算出したり、活動期間中にチーム間でお互いの状況に応じて担当学生の引き継ぎを行ったりと、様々な活用シーンがイメージできます。こうしたアクションが、学生に対するサービスの質や量の向上に繋がると思います。
ーー④ もう1 つの提案内容は何でしたか?
宮谷: リクルーターとしての活動経験やリーダーのマネジメントが学生の候補者体験に影響することが分かったため、ヒアリング結果から得られたベストプラクティスを交えてチームパフォーマンスの底上げやノウハウの形式知化を促すコンテンツ、プログラムの制作を提案しました。
ーー2 つ目の提案に関しては、どのように感じましたか?
石黒: 実はこうしたコンテンツやプログラムの制作は、昨年までも必要性を感じてはいましたが、私個人の感覚や思いが先行しているだけなのではないかと思い、確信をもって実行に移せずにいました。今年はデータから必要性が検証されたので、自信を持って実行を決断できました。
ーー ①〜④ のサイクルを通して、どんな学びがありましたでしょうか?
宮谷: データ分析・仮説検証で得られた示唆やアウトプット(提案)はもちろんですが、仮説検証サイクルを小さく回し、そこから学びを得て、仮説を更に進化させるというプロセスを体得できました。特に、データを集める前の段階(①②)でほぼ勝負は決まっていたと思います。従来は「まず論点・仮説から始める」のではなく、漠然と「データの収集が大変そうだ」というイメージに囚われていました。仮説検証に必要なデータや情報を洗い出してからデータを収集することはできていませんでしたし、ヒアリングは経験・勘の「答え合わせ」になっていました。幸いパナソニックはある程度人事データを整理して蓄積していたため、仮説を立てた後のデータ収集・分析・示唆出し自体には難しいスキルはほとんど必要ありませんでした。
ーー①〜④ のサイクルは、パナリットなしでは実現できなかったのでしょうか?
宮谷: パナリットはデータ解析のケイパビリティだけでなく、現場で役に立つ実践的なアプローチや知見を提供してくれました。論点・仮説ドリブンなデータの定義・収集・分析アプローチがその代表例です。データ分析ではツールの導入や可視化といった手段が目的化してしまう罠に陥りがちですが、今回の取り組みを皮切りに自分たちで仮説検証サイクルを回せる仕組みを作り、”Small start, quick win” でデータ活用についての抵抗感や誤解をなくしていきたいと思います。
ーーPana Project のこれまでの成果や、今後の展開について、最後にコメントをお願いします。
坂本: この半年の間に、社内の関係各所からの見られ方と関わり方が大きく変わりました。RCC が自発的な価値提供集団として新生する上で「データ活用が1 丁目1 番地の柱になる」とRCC 総会で発表され、実際に「こういった論点や仮説をデータで検証できないか?」という打診も増えており、反響の大きさをすでに感じています。
宮谷: 今回提案した内容の有効性を追跡しながら、新たな現場のニーズも拾い上げ、活動の幅を広げていきたいと思います。また個別テーマの1 つとして、従業員同士のコミュニケーションの状況の分析を通じて、パフォーマンスやモチベーション向上に影響を与えるコミュニケーションを特定したいと考えています。ここはパナリットのONA(組織のネットワーク分析)から得られる示唆に期待しています。