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人事領域のデータ活用と、AIの「可能性」と「危険性」【6】

人事領域のデータ活用と、AIの「可能性」と「危険性」【6】

人に関わるビッグデータを活用し、よりよい人事的意思決定を遂行していくことで従業員の幸福度を上げ、それにより全社的なビジネスパフォーマンス向上を目指す──そうした大層な大義名分のもと、注目が高まったピープルアナリティクスですが、従業員や候補者に関わるデータを扱う上での明確なデータガバナンスやポリシーを確立していなかったり、下流へのエフェクトを深く考えず採用や評価のプロセスにAIを取り込んでしまったりしたことで、トラブルになるケースも散見されます。

ただし、それらの失敗事例だけを見て「人事領域にはデータ活用、AI・機械学習を取り込むべきではない」と結論づけてしまうのは性急すぎます。人事領域は恐ろしいほどマニュアル作業やルーチンワークが多く、その過程で意思決定がお粗末になってしまうことも多くあります。むしろ機械にやらせた方がよい作業や、意思決定の客観的な補佐が必要となる業務も多いと、現場経験者なら誰でも思うはずです。要はデータにしろAIにしろ、使い方と使いどころを間違えないことが重要なのです。

今回は、ピープルアナリティクスを効果的に行う上で必ず頭の片隅に留めておくべきデータガバナンスに対する心構えと、AIの罠(と可能性)について話したいと思います。

目次

データの権利は誰のもの? トラブルを避けるための心構えとは

ピープルアナリティクスは、そのアプローチや内容がどんなものであれ、候補者もしくは従業員の個人情報を使用することが前提にあると思います。ですからまず大前提として、彼らの権利が守られることが重要です。分析に使用する従業員の個人情報、すなわち、組織で働くうえで取得された従業員データを、商業的利用目的ではなく会社の運用目的のために(場合によっては第三者機関やツールにおいて)使用することへの合意を、個々の従業員(または応募者)から書面で事前に得ている必要があります。トラブルを未然に防ぐためにも、分析する対象のデータが蓄積されているシステムの利用規約や、従業員規則/雇用規約、または採用応募プロセスでデータ使用の了承が取られていることを確認しましょう。その上でピープルアナリティクスに取り組むべきです。

こうした対象者の事前了承は、データガバナンスのステップ1です。その他にも、企業が考えなくてはならないデータ周りの確認事項は多くあります。データを用いてなんの課題を解決するのか。誰が、どんな時にデータへアクセスするのか。どのくらいの頻度でポリシーは見直されるべきか。

最近では、企業の従業員ガイドブックや雇用規約(または応募フォーム)にデータガバナンスという項目を設け、これらのデータの利用権について言及をする企業も増えているようです。データガバナンスは、自社のピープルアナリティクスがどのレベル感で何を行なっているかにより変わるものでもあるので、都度見直しながらデータポリシーと向き合い、固めていくことが大切でしょう。

AI採用の失敗と成功。明暗を分けたのは“使いどころ”

最近はAI(人工知能)を用いた人事サービスが増えてきています。私は、これには大きな可能性と危険性が同時に潜んでいると思っています。このようなサービスプロバイダーも、またその導入を検討する人事も、是と非を十分に理解した上で開発・導入をしていかないといけないと考えます。

このポイントをとても明確に示している実例があります。私の知る海外の大企業2社が、AIを用いた履歴書スクリーニングの開発・実用化にとりかかっていました。2社はどちらも共に成長盛りのテック企業で、年間数百万件の応募があるほど人気です。人事担当はこれだけの量の履歴書を目視でスクリーニングし、その中から各職種に適正のある候補者を選抜する……1人で何千枚もの履歴書を次から次へと見比べることが、何週間と続くこともあるでしょう。取りこぼし防止のために、履歴書の再確認を何名かで行うことはリソース的に困難です。こういった状況を想像してもらうと、如何に初期スクリーニングの人的ミスが起きやすい状態かイメージできるかと思います。

そこで注目されたのが、「AIによって機械的に履歴書をふるいにかける」という取り組みです。幸いにしてどちらの企業も年間数百万件の応募データが複数年分あり、1社単体でも十分な教師データが揃っている状態でした。これを取り込み、人間の採用担当と同じように履歴書のスクリーニングをさせることができたら、どんなに採用プロセスが効率化されることか。AIによる採用プロセスの効率化は多くの企業の夢となりました。

さて、ほぼ同時にAIスクリーニングに取り組み始めた2社ですが、その後の経路は大きく異なります。

1社目はAI履歴書スクリーニングをリリースし、同社の候補者を、その後の面接に呼ぶべきかどうか5点満点の軸で機械的に評価し、選別しました。ところが約2年後、突如このプロセスを廃止します。それは、特定の技術職種で女性候補者に不利な判断がされているとの懸念が持たれたためと言われます。なぜなら、過去の応募者のほとんどが男性だったため、コンピューターモデルに過去10年間分の履歴書のパターンを学習させた際、システムが男性を示す名前や表現を候補者として好ましいと認識してしまったのです。

これは珍しいことではなく、別の企業ではAIスクリーニングが黒人やヒスパニック系候補者よりも明らかに白人候補者を選んでいたという結果もあります。これらの特定な項目で差別がなくなるようプログラムを修正することはできても、別のところで不公平な判断がされていない保証はありません。それにより、同社はAIスクリーニングを撤廃したということです。

対して2社目は、同様のシステムを開発したものの、当初からAIが人間のバイアスをそのまま取り込んでしまう可能性を懸念し、初期スクリーニングではないところにシステムを応用しました。それは、一度人間の採用担当がNGの判断を下した候補者プールにAIスクリーニングをかけ、過去のデータから適性が高いと思える候補者を蘇らせる“取りこぼし防止策”でした。

先にも書きましたが、これらの人気企業では人間が目視で確認するにはあまりに酷な量の履歴書が集まり、人的ミスが非常に発生しやすいオペレーションとなってしまっています。このAIを使った取りこぼし防止策によって、同社は年間100人にもおよぶ追加の内定者を出していると聞きます。人間の判断だけでは如何にミスが多く発生しているかが伺えますが、同時に、機械とうまく連携すればどれだけ多くの効果が生み出せるかもわかります。

人間のバイアスがかかった判断を教師データとしている以上、AIから完全にバイアスをなくすことはまだ当面難しいかもしれません。しかし、AIの欠陥を理解した上で、人間の力が及ばない部分を補うような有効活用が進めば、人事部の非効率は格段に改善するのではないでしょうか。

To AI, or not to AI? それが問題だ

どのような人事分野にAIが向いていて、どのような分野には向いていないか。これを全ての企業に当てはまるフリーサイズな回答でまとめるのは難しいように思います。ただ、絶対的に言えるのは、盲点を少しでも解消できるよう、様々な専門家から多面的に意見を取り入れるべきだということです。

私がGoogleの本社人事戦略室にいた頃のことです。新しい求人が開いた際、過去の応募者データベースをもとに、類似ポジションに合格したプロフィールと似ている候補者を自動的に汲み上げ、現場マネジャーへレコメンドするエンジンの開発が検討にあがりました。これは採用プロセスの“効率化”を主に見ているチームのマネジャーが考案したものでした。

一般的な採用プロセスは求人が開いた直後、採用担当が現場マネジャーへ求人についてヒアリングした上で、募集要件を整理するミーティングを行います。仮にアマゾンのオートサジェスト機能のように、以前の類似ポジションから汲み上げた候補者のプロフィールを、現場マネジャーへ即日送ることができたら、採用担当と現場マネジャーのすり合わせミーティングの必要がなくなり、採用担当のリソース削減のうえ採用時間の短縮にもなり、現場マネジャーや候補者の“体験”も総じて向上するのではないか、ということが論点でした。その際、その考案者が出した例え話がとても印象的で、今でもハッキリ覚えています。

「例えばアマゾンに“新しい靴下がほしい”と入力した時、買い物コンシェルジュがついてどんな靴下が欲しいか細かくヒアリング/コンサルティングされた上で候補が送られてくるのと、前回の購入履歴から最善のものが提案されるのと、後者の方がよい体験だと思わないか?」

たしかに、一理あるように思えます。しかし、私たちは諸々検討した結果、意識的にこのプロジェクトを見送る決断をしました。なぜか? 答えは明瞭です。従業員は靴下じゃないからです。

たとえ書面上全く同じ職種や職務等級の求人であっても、組織が人の集合体である以上、他者とのバランスを考慮して構成を考えなくてはいけません。そのチームが今おかれている状況、プロジェクトの特徴、他のメンバーの意識……といった要因も押さえながら、今そのチームに最も必要な人材の要件を明確化して、それから候補者の募集・選抜に取り掛かる方が懸命です。

同じ例え話の延長で言うと滑稽ですが、
「他の靴下と一緒の引き出しに入りたくない靴下はどうするべき?」(個人の働き方の嗜好や理念)
「今は靴下だけど、将来は手袋になりたい靴下はどう扱う?」(キャリアパス)
「引き出しの中が黄色の靴下でいっぱいだけど、将来フォーマルな場で困らないように他の色も揃えておいた方がいいんじゃない?」(チームのダイバーシティ)
というような、人間的な配慮がどうしても必要だという理由からの結論でした。

また、一見面倒なプロセスと捉えられてしまいがちな要件整理のミーティングですが、これは採用担当が“採用の専門家”として現場マネジャーに知識や別視点を与え、コンサルテーションを通してリレーションを構築するための場としても有用だとわかりました。なので、単純に効率化を追って撤廃してよいものではないという視点もありました。

このように、「効率」、「精度」、「体験」、「公平性」……それ以外にもさまざまな側面から、機械的に行うことが本当によいものかどうかを検討することが、今後ますますAIと関わっていくであろう私たち人事にとって必要なのだと考えます。