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第10回:これからのピープルアナリティクスと人事部の未来図

第10回:これからのピープルアナリティクスと人事部の未来図

本連載「人財資源を最大活用する“科学された人事”が目指すデータ活用の未来」もいよいよ最終回となりました。ここまでお付き合い、ご高覧いただいた皆さまには大変感謝しています。これまで小川はGoogle本社の人事戦略室でのHR実務経験から、トランはマーケティングや新規事業開発のDXを推進してきた周辺分野の知見から、人事分野でのデータ活用について考察を行ってきました。最終回の今回は、これまでの記事内容を振り返りつつ、今後どのようにピープルアナリティクスが浸透し、人事部がどう進化していくかについて対談形式でお届けしたいと思います。

目次

人事の未来はプロアクティブ&戦略的なビジネスパートナー

小川:改めて、今回の連載企画、お疲れ様でした! バックナンバーを振り返ってみましたが、昨年の12月から最終回まで、実に9ヵ月に渡る企画になりましたね。最初は途中でネタが尽きたらどうしようとも思っていましたが、書いてみると共有したい事例や切り口がたくさんありました。

トラン:体系立ててまとめ、それをコンテンツ化できたことは、本業にも活かされたと感じますね。

小川:連載では、「今後人事領域にデータ活用の波がくる」と様々な切り口で紹介してきましたが、それによって未来の人事部はどう変わっていくと思いますか?

トラン:まず、リアクティブな役割から、プロアクティブに。オペレーショナルな役割から、より戦略的な役割が求められるようになると思います。経営や現場と足並みを揃えながら組織のサポートをしてくれる、ビジネスパートナーとしての人事が必要になってくるでしょう。

小川:たしかに、人事領域の権威が最近口を揃えて提唱する“今後の大きな2つのトレンド”は、(1)オペレーショナルな業務の機械による自動化、(2)(それに伴う)バックオフィス要員の縮小傾向ですよね。従来のマニュアルでオペレーションヘビーな職種から、よりスマートに、よりテックに強い部門への生まれ変わりが求められそうです。その上で、機械ではできない人事の専門性を持っていることを前提に、戦略的な意思決定のサポートが求められるということですね。ちなみに長年現場サイドにいた身として、トランさんが人事に求める、ビジネスパートナーとしてのプロアクティブなサポートとはどんなものですか?

トラン:うーん……それで言うと、今までの人事の印象は、ビジネスパートナーというよりは警察寄りで。悪いことをする従業員を取り締まる役割や、評価や入社に伴う労務管理などの印象が強く、それ以外のところで何をしているのかいまいちビジビリティがなかった気がします。また、現場で何が起きているかの理解やアクションも遅れてしまいがちな印象でした。

小川:なるほど。確かに人事の役割は、現場にとってブラックボックスなことも多いですよね。ビジネスパートナーとしての立ち位置を築くには、そのあたりのイメチェンも必要なのかもしれません。

昔、私の先輩で、現場の部門長からビジネスパートナーとして、とても信頼されていた方がいました。例えば彼女は、現場が忙殺されて採用基準に妥協しようとしていたとき、「現場の作業要員が足りないからと言って、採用基準を妥協していませんか? この人が数年先までチームで活躍できるイメージが沸かない限り、選考を進めるべきではありません。良い候補者がパイプラインに入ってきていないなら、そこを修正する協力はいくらでもしますから。妥協することはチームの将来のためにも、候補者のためにもならないです」とアドバイスしていました。そしてパイプライン強化のための施策案をいくつも出し、理想の候補者でポジションをクローズするまで伴走していました。

リクルーターとしては、ポジションを埋めれば手っ取り早く個人の実績になっていたはずなのに、事業のため、チームのためを思い、将来を見据えた判断とその先の協力を惜しまなかったことが、パートナーとして信頼された決め手だったのだと思います。

周辺分野から読み解く「人事のDX化」への示唆

小川:人事部のDX化が今後ますます進むとして、ファイナンスやマーケなど周辺分野のDXから学べるポイントはあると思いますか?

トラン:とてもたくさんあると思います。例えば、以下の図は連載第9話(※1)で紹介したバリューチェーンの図に、それぞれのポイントで起こった現場の変化内容を照らし合わせた物ですが、このマーケティング領域で見られた変化がそのままHRにも当てはまっていると考えます。

第10回:これからのピープルアナリティクスと人事部の未来図

川上の「業務効率化」ポイントでは、人事における接点のデジタル化およびデジタルデータの取得が進みました。それにより、川中において専門性人材の育成やデータの加工処理技術が向上し、どんなKPIが重要な指標なのかのベストプラクティスが確立され始めていると思います。最終的にはこれらを用いることで、機械学習の力も借りた改善策の施策実行支援と、その圧倒的な効果の向上が見込めると思います。

小川:なるほど。以前パナリットのブログ(※2)にもありましたが、例えば離職率の考え方も、事業面での「解約率」になぞらえて、より解像度高く理解できるようになりましたよね。単にある期間の離職を%で把握するだけでなく、「どんな属性の離職が目立つか?」、「いつのタイミングで離職したか?」、「離職が事業に与える副次的なインパクトは何か?」など深堀りしてみると、離職の話題一つでもすごく話が広げられますよね。この解約率の尺度での離職分析は、商談の際も事業部長や経営者など、事業KPIを数字で日々追っている方にとくに刺さっている気がします。人事や組織の論点をデータで把握するということにまだ馴染みがない人たちにも、彼らがよく知る分野のアナロジーでストーリーを伝えると、理解度・納得度が増すのかもしれません。

第10回:これからのピープルアナリティクスと人事部の未来図

小川:変化ポイントその6にあるような、機械学習によるプロセスの精度・スピードの改善は、マーケ領域だとどんなものがあるんですか?

トラン:例えば、広告素材の元ネタだけを人間が作り、あとはCVR(購入などの成果達成率)を最大化するように、ターゲット×クリエイティブ×チャネルを機械学習で自動選定するような仕組みがあります。クリエイティブのカットの順序、画像、タグライン、訴求コンテンツにいたるまで自動生成することが、既にマーケの世界ではできています。これはおそらく採用広報の素材作成にも応用できると思います。

小川:それは大いにあると思います。実はずいぶん前の話ですが、採用候補者向けのアプローチメールを送るとき、候補者セグメントを細かく別け、メッセージを変えて配信したら返信率が上がるだろうと考え、やってみたことがあります。セグメントもメッセージもかなり細かく切り、実に270パターンのメールテンプレートを作成し、一つ一つ手作業で配信設定した覚えが……。前年度はざっくりした切り分けで、メッセージテンプレートもせいぜい20種類くらいだったと思います。この施策で、返信効率は300%向上しました。ただ、全部マニュアル操作の力技で配信設定を行ったので、私の幸福度は著しく下がりました(笑)。今はこういったことも自動でできてしまうんですね。本当に、人事が周辺分野から取り入れられることは多いような気がします。

※1  HRテックの半歩先──2020年時点での見立て【9】
※2  人事は必ず知っておくべき離職率の見方・考え方

最後に──デジタルシフト後の人事は、最もクリエイティブな仕事になるかもしれない

本連載もこれで終了となりますが、最後に個人的な見解を共有できればと思います。私は十数年というまだまだ短いキャリアの人事ではありますが、いくつかの国/企業の人事部を見てきた中で言えるのは、人事はとてつもなくルーティン業務の多い部署だということです。さらに非常にオペレーションが多様・複雑で、かつ機密な情報を扱う部署なのでミスが許されない、とても大変な職務だとも思っています。暇を持て余している人事部というものは、今まで見たことがありません。

そして、得てして最もデジタルスキルと疎遠な部署でもあると考えています。今、この人事部にデジタル革命の波が来ているというのは、とてつもない好機会だと捉えています。本来経営資源のなかで最も重要なものは「人」のはずで、ここでの意思決定の質向上は、最もビジネスインパクトが大きいとも考えます。今まではデータが少なく、それが定量化されてこなかっただけだと思います。

人事のDX化により、オペレーショナルな仕事がどんどん削ぎ落とされ、より戦略的な役割に変革したとき、人事は企業のなかで最もクリエイティブな仕事になるような気がしています。いち人事のプロフェッショナルとして、私はその未来にとてもワクワクしています。

みなさまの人事部のデジタル化・データ活用を推進するうえで、本連載が少しでもお役に立てたなら幸いです。ご覧いただきありがとうございました!