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グローバル・テクノロジー企業における人的資源変革の実践事例

グローバル・テクノロジー企業における人的資源変革の実践事例

Netflix シニアHRディレクター  ベンジャミン・クロス氏による社内講演

本講演では、Netflixのクロス氏が、自社および他のグローバルテクノロジー企業において取り組まれてきた組織改革の全体像を詳細に解説しました。本資料では、その講演内容を基に、変革の背景、アプローチ、実行プロセス、成果、得られた学び、今後の示唆を体系的にまとめたものです。

目次

1. 変革にいたる背景

2. 組織改革のアプローチ:4つのフェーズ

3. 施策の内容:AIとデータを駆使した人事改革

4. 各分野での成果

5. 組織改革を通して得た4つの学び

6. まとめ:人的資本変革の本質とは

7. 参加者とのQ&A

  Q1. マネージャーをエンパワーするために提供したデータや指標は?

  Q2. マネージャーにデータ活用を促すための工夫は?

  Q3. 情報を提供した結果、マネージャーの行動に変化はあったか?

  Q4. 使用したツールや分析機能について、導入時に不足を感じたものは?

  Q5. データの質が不十分な企業では、どのようにデータ活用の推進を提案すべきか?

  Q6. GenAI(生成AI)とデータリテラシーのギャップについて

8. 最後に

1. 変革にいたる背景

同社では2021年当時、急激な事業成長と多国籍化によって、コスト構造の肥大化、コンプライアンス管理の煩雑化、組織の複雑化といった複合的な課題を抱えていました。具体的には、3年ごとに従業員数が倍増するペースで拡大し、150か国以上にまたがる事業展開を行っていたため、採用や組織設計、人材開発、報酬制度など、あらゆる人事機能が根本的な見直しを迫られていました。

2. 組織改革のアプローチ:4つのフェーズ

変革は以下の4フェーズで構成され、それぞれに明確な目的とKPIが設定されました。

Shape(戦略構築):現状の課題と将来のあるべき姿を定義し、CHROやCFOを巻き込んだビジネス主導の人材戦略を策定。


Establish(基盤構築):職務定義(Job Architecture)、ポジション定義、予算計画などの構造的基盤を整備。


Build(設計と構築):従業員のペインポイントを起点にプロセスマップを作成し、システム設計・テストを反復的に実施。


Deploy(導入と定着):システム切替後には手厚いフォローアップを実施。段階的にスケールする形で変革を展開。

3. 施策の内容:AIとデータを駆使した人事改革

(1)データ統合とシステム設計
全社的な職務定義を策定し、それを軸にHR・財務・採用システムを統合。これにより、マネージャーは自部門の人員構成、空きポジション、予算消化状況をリアルタイムで把握できるようになり、意思決定の迅速化を実現。


(2)タレントマネジメント戦略の再構築
戦略的人員計画(SWP)を導入し、中長期(1~3年)のスキルギャップや配置計画を基に採用計画・人材育成・配置転換を統合管理。


(3)チェンジマネジメント(改革支援)とユーザー定着支援
プロジェクト初期から対象部門を巻き込み、利用のための指南書、QRG(クイックリファレンスガイド)、インタラクティブな研修を展開。初期には600件以上の問い合わせが発生しましたが、70%以上はトレーニング不足が要因であり、学習設計の重要性が再認識されました。


(4)AIとマネージャー支援機能の導入
AI・GenAIを活用した360度フィードバック分析、採用予測モデル、ロールプレイ研修を導入し、現場マネージャーによる自律的な判断と行動を支援しました。

4. 各分野での成果

分野:主な成果

組織設計:職務定義の整備により、報酬・昇格基準の透明性が向上

人事業務効率:採用プロセスの自動化により、エンジニア採用が20%高速化

データ統合:HRと財務のデータが完全に一致し、レポーティング品質が大幅に向上

法令遵守:OFCCP等の規制に対応した報告機能を初導入

採用スピード:70日以内での採用完了が標準化され、予算精度も向上

5. 組織改革を通して得た4つの学び

・「従業員中心主義」の徹底:全職層・部門の声を反映し、共感を得る設計が不可欠

・実行管理の厳格化:変更記録・意思決定履歴の文書化がプロジェクトの成功に寄与

・現場と経営陣のゴールのすり合わせ:現場にとっての「成功」と経営陣の期待を調整するコミュニケーションが重要

・反復的改善文化の醸成:プロジェクト開始後も定期的に振り返り、小さな改善を継続する文化が必要

6. まとめ:人的資本変革の本質とは

クロス氏は、組織改革を「単なるIT刷新ではなく、組織全体の運営哲学の再定義である」と位置付けました。本事例から得られた示唆は、規模や業種を問わず、変革を志向する全ての組織にとって有益です。
「本質的な人的資本変革は、テクノロジーの導入ではなく、従業員にデータ・透明性・方向性を与え、“人”の可能性を引き出すことである」 – ベンジャミン・クロス

7. 参加者とのQ&A

Q1. マネージャーをエンパワーするために提供したデータや指標は?

回答:

  • 最も大きなインパクトを与えたのは、「チーム構成と空きポジションの可視化ダッシュボード」でした。この指標の共有により、各マネージャーが、自分のチーム構成や未充足のポジション数・予算を一目で確認できるようになり、採用計画や予算再配分(例:USでのポジションを2名分のヘッドカウントに分割しメキシコに移すなど)を主体的に判断できるようになりました。採用レポート(例:ポジションの開設から何日経過しているか、コンバージョンレートなど)も提供し、それを基に現場と人事が建設的な議論ができるようになりました。
  • 採用レポート(例:ポジションの開設から何日経過しているか、コンバージョンレートなど)も提供し、それを基に現場と人事が建設的な議論ができるようになりました。
  • 360度フィードバックツールを導入し、チーム単位での傾向分析やトレーニング提案にも活用しています。

Q2. マネージャーにデータ活用を促すための工夫は?

回答:

  • HRBP(HRビジネスパートナー)を通じた直接的なコミュニケーションと資料展開です。
  • Netflixらしいアプローチとして、「マネージャー向けRPG風ロールプレイングゲーム」を開発。
    これは 実際のシナリオに沿った対話形式で、マネジメント判断のトレーニングを行うゲームで、プレイブックよりも高いエンゲージメントを実現しました。
  • ツール導入後の利用率を継続的にモニタリングし、未利用が目立つ場合はアクションを実施しました。

Q3. 情報を提供した結果、マネージャーの行動に変化はあったか?

回答:

  • ネガティブな想定外の行動は特にありませんでした。むしろ、初期の抵抗が落ち着いた後は、好意的な反応が多く見られました。
  • データに基づく対話が可能になったことで、「責任の押し付け合い」をしていたのが、建設的な議論ができるようになりました(例:ポジションが長期間空いているのは誰の責任か?→定量データに基づき、採用部門より事業部側の計画遅延が明確になった、など)。

Q4. 使用したツールや分析機能について、導入時に不足を感じたものは?

回答:

  • WorkdayやEightfoldなど既存のHR/採用ツールのダッシュボード機能は非常に限定的で、ユーザー視点が不十分だったと感じました。
  • それを受け、Tableauを用いて独自に採用指標ダッシュボードを構築することに。これにより、リアルタイムに進捗や課題を可視化するインフラが整いました。
  • 今後の課題として「ツールと分析力のギャップ」があり、企業としてツール開発と分析支援の両立は難しいと感じています。そこは外部パートナーとの連携が重要だと感じます。

Q5. データの質が不十分な企業では、どのようにデータ活用の推進を提案すべきか?

回答:

  • Netflixのような大企業でも、完全なデータを最初から持っていたわけではなく、整備には時間とコストがかかりました。
  • 「高品質なデータがあれば得られる価値」を具体例(スライドやダッシュボード)を通じて伝えることが重要だと考えます。
  • 危機が顕在化してから動くのでは遅く、問題が起きていない”今”のうちに手を打つことで、対処が遅れたら長期化してしまう改革を、手堅く半年で済ませることものメリットも説明することを推奨します。=「今すぐ始める」ことのROI(投資対効果)をストーリーとして提示する必要があります。

Q6. GenAI(生成AI)とデータリテラシーのギャップについて

回答:

  • HR部門内でも、コンサル経験者と現場HRとの間でデータリテラシーに大きな差があると感じます。
  • 人事部内でのデータ活用については、LLM(大規模言語モデル)やロジックによる「解釈の自動補助機能」が、非エンジニア層への橋渡しになると感じます。
     → 例:「採用までの日数が平均より長い理由は〇〇が考えられます」などのインサイトをツール内に埋め込むことで解釈を補助し、活用を促進するなど。

8. 最後に

クロス氏のQ&Aからは、「ユーザー視点」「可視化」「データを起点とした議論」「現場のスキルギャップを埋める仕組み」が、成功する人材・組織変革において極めて重要であることが改めて浮き彫りになりました。