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誤解によって迷走するピープルアナリティクス【8】

誤解によって迷走するピープルアナリティクス【8】

先日某大学のMBAプログラムで、ピープルアナリティクスについての特別講演をしてきました。その際、先生から課題図書『People Analytics for Dummies(著:マイク・ウェスト)』より一部抜粋して具体事例を話してくれないかという相談を受けました。こちらの本、非常にカバレッジが広く、ピープルアナリティクスにこれから取り組もうとしている人事の方にぜひオススメしたい良書だと感じましたが、中でも「第17章・第18章:ピープルアナリティクスにおける10の誤解と落とし穴」という章がとても印象的でした。数々の誤解やバイアスによりピープルアナリティクスのプロジェクト方針がブレてしまい、迷走する企業がとても多いようです。今回はそんな誤解や迷信を解説し、事前に避けて通るための準備をお手伝いしたいと思います。

目次

同じ分析でも環境の変化・論点の進化により結果は変わる

『People Analytics for Dummies』の第17章「ピープルアナリティクスにおける10の誤解」を読むと、すでに本連載でも触れられている“誤解”も多くあります。例えば「誤解その9:分析は複雑なほどアナリストとしての質が高い」は本連載第1話(※1)で複雑な分析でなくてもインパクトは出せるということに言及していますし、「誤解その5:ピープルアナリティクスは人事(やITチーム)のみで完結する」は本連載第2話(※2)で初めから人事・経営・現場・ITなど関係各所を巻き込むことでこそ結果が出せるという話をしています。「誤解その6:ピープルアナリティクスはAIによって自動的に行える」についても、連載第6話(※3)で人事領域のAIは可能性と危険性が共存しているので常に注意が必要と述べています。

振り返ってみると結構多くの誤解を解いてきたように思えますが、ひとつ重要で、かつまだ触れていなかった誤解があることに気づきました。「誤解その8:(一度証明された)インサイトやソリューションは永続的に正しい」です。

時代や環境の変化に応じて、一時は正しいとされていたものが反証されることはよくあります。ですのでピープルアナリティクスに取り組む私たちも、常に「当時の証明は今でも正しいか」を疑い続け、変化に対応した人事制度の設計をしなければいけません。

たとえば2013年前後にシリコンバレーの多くの企業がリモートワークの撤廃/本社への呼び戻しを行なっていた際、Googleでもやはり業務の質やスピードを担保するために、社員のオフィス勤務をより厳しく取り締まるようになりました。ですが2018年に再度「リモートチームは現場にいるチームより劣るのか」を調査したところ、実はリモートチームも現場チームと同じくらい効果的に働けるという結果が出ました。では、2013年ごろと今とでは何が違うのでしょうか? まずは、ビデオカンファレンスシステムの圧倒的な進化がその一つにあげられると思います。

環境の変化だけではありません。ピープルアナリティクスの効果的なインプリメントの結果、論点が進化して更に新しい発見を呼ぶことも多くあります。Googleの採用プロセス設計チームは、その昔、質と効率が最も重要な要素と考えていました。「最も効率よく質の高い候補者を採用すること」に注力し、面接の必要十分な回数についての調査や効果的な面接問題について多くの研究が行われました。その結果、面接のありとあらゆる側面で効率と質の向上が見られましたが、同時に今まで着目されてこなかった新たな論点が浮上してきました。面接に関わる様々なステークホルダー……候補者や面接官の「体験」です。

体験が向上することにより、内定受諾率の向上や面接官のドタキャン率低下だけでなく、面接合格者どころか不合格者までもが会社のファンになり、会社の製品を愛用、またリファラルとして別候補者の紹介をしてくれることが分かりました。体験向上のもたらすメリットが分かったなら、どのようにして体験を正しく測り、より向上させるかに焦点が当てられます。かくして質と効率に加え、体験が重点的に調査されるようになりました。

そして採用体験が大きく向上した今、新たに論点にあげられているのは採用の公平性です。このように、成果をあげたピープルアナリティクスには終わりがなく、むしろ論点の進化を促し更に高みへと導きます。

かの有名なGoogleのプロジェクト「Project Oxygen(良いマネジャーの要素)」についても同様です。元々2008年時の調査では良いマネジャーに共通する8つの法則が発見されましたが、その後会社の成長と共にマネジャーに求められる要素も進化し、10年後、2度目の調査ではこれが10個の法則にアップグレードされています。これに関して、私の元同僚のメリッサ・ハレル氏は「1度目の調査の結果行われた数々の施策により社内のマネジメント力が向上し、会社の成長に伴いマネジャーに求められる資質も更に進化してきました」と言います。

環境の変化と論点の進化。それにより一度は正しいと思われたインサイトも、永続的に正しいと決めつけるのではなく、常に再調査を心がけることが時代に取り残されないピープルアナリティクスチーム/人事部でいるために大切だと考えます。

※1 経営判断に必須! 企業に眠る膨大な“人データ”の活用意義とは?【1】
※2 ピープル・アナリティクス = 人財のための財務諸表【2】《前編》《後編》
※3 人事領域のデータ活用と、AIの「可能性」と「危険性」【6】

見えないコストの落とし穴

本書に話を戻しまして、第18章の「ピープルアナリティクス 10の落とし穴」を見てみましょう。とくに多くの企業がはまっていると感じるのが、「落とし穴その7:ピープルアナリティクスチームに十分な資金を投入しない」です。では、どのように、何に予想外のコストがかさんでしまうのかを詳しく見ていきたいと思います。

ピープルアナリティクスに着手しはじめた企業がまず取り組むのは、現在使用している各種HRシステムの特定と、そこからの人事データ取得です。取得したデータをBIツールで調理し、そこからさまざまなインサイトを導き出そうと数名のデータアナリストやデータサイエンティストを雇うわけですが、多くの場合この作業にどれだけの工数がかかるかを甘く見積もってしまいます。

BIツール導入費用とアナリストの採用費≒ピープルアナリティクスの初期予算と捉えることが多いようですが、プロジェクトが進むうちに大抵人事データの複雑さ/煩雑さが判明し、データクレンジングやデータパイプライン構築を担当する、データエンジニアリングの専門家が必要だということが分かります(※4)。また、バックエンドにおけるデータウェアハウス構築のノウハウをもつ開発者や、データによるインサイトを現場に浸透させ、人事制度変更などのプロジェクト推進を行うプロジェクトマネジャーやHRビジネスパートナーも不可欠だと気づきます。

以下、実際に人事システムからツールを構築し、現場に対してタイムリーにインサイトを提供するのために必要な開発プロセスをまとめました。パッと目につくところ以上に、裏ではさまざまな必要リソースがあるのです。

誤解によって迷走するピープルアナリティクス【8】

先日お会いする機会があった某大手メーカー企業のピープルアナリティクスチームマネジャーも、まさにこのトラップにハマってしまい、人件費とデータウェアハウス、BIツール、その他開発費を含め、すでに予算を大幅に超える1億円ほどの費用が発生してしまっていると話していました。図解すると、見えない間接コストは以下のようなイメージでしょうか?

誤解によって迷走するピープルアナリティクス【8】

うっかり間接コストの落とし穴にはまらないためにも、最初から必要になりうるリソース全てをしっかりと把握し、(予算枠が調節できないのであれば)分析対象とするデータ群や連携システム数、または解決する課題のスコープを絞り、まずは小さく手堅く成果につなげることを推奨します。最初から予算の足りないプロジェクトに大風呂敷を広げて挑み、あとで「やっぱり足りなかった」となるより、最初からスコープを狭めた中で確実な成果を出し、それを根拠に追加調達した方が、マネジメントの納得性も向上するでしょう。

最後に、パナリットではそもそもこの膨大に膨れ上がるコストがピープルアナリティクス普及の阻害になっていると考え、バックエンドのデータ収集/ETL作業からフロントエンドのダッシュボード提供まで、一気通貫のピープルアナリティクスソリューションを、従来のコストの1~3割程度で提供しています。データに基づく客観的な人事の意思決定を、一部の裕福な企業だけでなく、すべての企業が平等に行えるようになった先には、きっとより良い働き方や良い職場の実現があると考えています。

今回は「一度証明されたインサイトも時と共に変わる」ことや、「見えない間接コストの落とし穴」について触れました。本連載もいよいよ残すところ2話となりましたが、最後までどうぞよろしくお願いいたします。次回もお楽しみに!

※4 パナリットのデータクレンジング

【参考】
People Analytics for Dummies, Mike West (2019)
Google spent a decade researching what makes a great boss, Justin Bariso (2018)